では、タテ位置のほうが「有効」な場合は?— 写真のフレーミングについて

「画像はヨコ位置が基本である」— これには、文章に入れる「挿し絵」や記事に添える「説明写真」とか、あるいはポスターやリーフレットといった宣伝・告知の「素材」として等ではなく、単純な「1枚の画像」として成立している場合、という大条件が付きます。
これからお話しする「では、タテ位置のほうが有効性を発揮するのは、どのような画像(絵・写真)のときなのか」についても、この大条件を踏まえたうえで、どうかお読みください。

上の、横に並んだ2枚の写真をみてください。
右は、むかし友人が撮ってくれた20代の私のポートレートです。
狭い自宅の壁や本棚を背景に、私という「人物」を主題としてフレーミングして撮影してくれました(オリジナル画像)。
左は、その写真を左右・反転させたものです。
右と比較して、こちらはどうでしょう。こんどは「壁・本棚・部屋の奥行き」が主題になり、手前にいる人物のほうは、この画像においては副次的なモチーフとなるように見えてきませんか?
この「カラクリ」について説明します。
人間の脳の視覚情報処理は「視交叉」(しこうさ)といって、右目の視野からの情報は左脳に、左目は右の脳に送られます。一般には、左脳で言語的・論理的、そして右脳で空間的・図形的に視覚情報を処理しているので、右目の視野で捉えた情報のほうが「言語的」なメッセージとして、総合的に強く印象に残るのです。もし「右目の視野」という説明が理解しにくければ「画面の右がわのほうにある要素」と読み換えてもらって構いません。
ここで、私の設けた条件命題に戻ります。— 単純な「1枚の画像」として成立している場合「画像はヨコ位置が基本である」。なぜなら、私たちは、左右に並んだ2つの眼球で目の前のものを見るので、タテ位置の画像よりヨコ位置(つまり横に広がる画像)のほうが視覚情報の入力が「ストレスなく」できる — だから多くのメッセージを読み取ることができるのではないか、私はそう考えているからです。
仮に、この命題に従って画像を作るなら、まず、左の写真は「よこ位置で」提示すべきものと言うことができます。画面の左側に「人物」を配置した場合、右側にある背景「自宅の壁・本棚・部屋の奥行き」のほうが主題になります。つまりこれは、人物写真(ポートレート)ではなく、この男が暮らす部屋の状況を記録した風景写真(ランドスケープ)=「よこ位置」でなくてはならないのです。
「でも、よこ位置にしたら、この場面の要素である《人物・壁・本棚・部屋の奥行き》が全て収まるようにフレーミングできないではないか」と思うかもしれませんが、それならば、この人物に立ち上がってもらうか、カメラの位置をもっと低くして更に仰ぎ見るようなアングルで捉えるなどの工夫を撮影者(もしくは画像の作成者)がすることで、それを解決すべきです。
では右の写真(オリジナル)の場合はどうでしょうか。命題に従い、左のときと同じく「よこ位置」で提示したほうがよい画像になるでしょうか。一見すると、自宅の壁や本棚を背景に、画面の右側に「人物」を主題として配置しているので「ポートレート」としてなら、よこではなく「縦位置写真」のままで構わないのではないか、と思われそうですが、そうではありません。
やはりこちらも、壁・本棚・部屋の奥行きを背景(副次的ファクター)として、この男を主題とした画像にしたかったのなら、命題が掲げる「人間の眼球の配置に起因する、視覚情報処理の優位性」(目は左右についているので、横に広がった画像のほうが長く鑑賞しやすい)に従って「よこ位置」で捉えることが正解だった、と私は思います。
今回のお話の結論に入ります。
「では、タテ位置のほうが有効性を発揮するのは、どのような画像(絵・写真)のときなのか」— 冒頭で私はこう書きました。

上の2枚の写真では、たて位置画像にもかかわらず、まだ「主題が右にあるのか、左にあるのか問題」が生じています。

では、この2枚なら、どうでしょうか。
写真としての良し悪しは別として、少なくとも「主題が右か左か問題」は発生しませんよね?
このフレーミングなら、どちらの写真でも、彼女の醸す可憐さや清潔さといった「言語的メッセージ」が移動してしまうことはありません。つまり、タテ位置のほうが有効性を発揮するのは……
「主題が中央に配置され、かつ、左右・反転しても、その言語的メッセージが変わらない」画像「のみ」ということになると私は思います。
果たして、このことが真理かどうかはわかりません。でも、絵や写真の展示を見る、写真集や画集を眺める、あるいは自分の撮った写真を自己評価するとき私は、今回お話ししたようなことを考えてしまうのです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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