写真はまずヨコ位置から ~「言語的」メッセージの優位性

本の表紙、ポスターやリーフレット、あるいは記事に添えられる素材として — 写真の使い途は様々ですが、そのような広告や文章のメッセージを補完するといった目的は別として、純粋に「1枚の」写真として成立させるに相応しいのは「よこ位置」(ランドスケープ)だと私は思っています。
私たちは、左右に並んだ2つの眼球で目の前のものを見るので、タテ位置の画像よりヨコ位置(つまり横に広がる画像)のほうが視覚情報の入力が「ストレスなく」できる — だから多くのメッセージを読み取ることができるのではないか — 。この仮説に基づき、私はいま写真を撮り続けています。
シンガポールで暮らしていた時に撮影した作品『今日新加坡(20~22)』においても、そこに収めた約40枚の写真すべてがヨコ位置で撮ったものになっています。
続いてまとめた『麗都街景(22~24)』の約50枚も、すべてが横位置写真で構成されています。
この仮説(持論)に基づく撮影・編集作業は私の信念であり、ただの「風景写真ならばヨコ位置が向いている ≒ ランドスケープだから」といった安易な一般論に拠るところは一切ありません。

ここからが今回の本題です。ヨコ位置写真の、もうひとつの優位点 — 「左右に・横に並んだ2つの眼球」で写真を見るときの、視覚入力~脳での情報処理についての持論についてもお話しします。
上の写真を見てください。画面を真ん中で左右半分に分割した時、どちら側からの言語的メッセージが強く印象に残りますか?「ベンチでくつろぐお爺さん」ですか。あるいは「中庭に南国の樹木が植えられている団地」ですか?私は「団地風景」のほうになると仮説しています。人間の脳の視覚情報処理は「視交叉」(しこうさ)といって、右目の視野からの情報は左脳に、左目は右の脳に送られます。そして一般には、左脳で言語的・論理的、そして右脳で空間的・図形的に視覚情報を処理しているので「団地・中庭・南国の樹木」のほうが「言語的」なメッセージとして、総合的に強く印象に残るのです。
みなさんはどうでしょうか?では、今度は下の写真を見てください。

この写真は、オリジナルを左右・反転させたものですが、どう感じますか?こちらは反対に「ベンチでくつろぐお爺さん」のほうに言語的な印象が残るのではないでしょうか。
次は、新たな写真を2枚続けて並べてみます。


この方(女性用の下着をつけていますが男性です)の「後髪から肩にかけてただようミステリアスな雰囲気」が言語メッセージとして強く印象に残るのはどちらの写真ですか?私は「上」— つまりオリジナルのほうだと思います。
下の写真は、背景の「黒い部分」が多くなり「闇・暗い・暗さ」というメッセージが、主題の人物の印象より勝ってしまっています。このようにならないように、私は、
ヨコ位置で撮ることで、1枚の写真から得られる文脈(言語的メッセージ)を多くする
人物を、画面の少しだけ右に配置することで、彼(彼女?)の髪・肩・背中から漂うメッセージを強調する
ことに留意して、撮影をおこないました。
いかがでしたでしょうか?以上で私の「写真まずヨコ位置から」問題についての考察を終わります。
コメントにて、ぜひ感想をお聞かせください。
ありがとうございました。



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