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左のカテゴリー・ボタンをお使いください。テーマ別に大まかに分かれており、短い文(日誌・雑記)を省いて並べることができます。


「手にとって」と背表紙はささやく ~ 写真家・マンガ家・小説家たち
『Stranger Passing 』Joel Sternfeld タクシー・ハイヤー会社での私の勤務時間は朝の8時から翌朝の5時まで。 途中の3時間ほどの休憩を含み21時間の仕事を1週間に3度する。仕事を終え、東京・江東区にある営業所から地下鉄の都営新宿線に乗って、千葉県市川市の自宅に戻るのはだいたい7時ごろ。 まずは、買い置きのソバを茹でて朝食にし、そのあと片付けと仕事に持っていった弁当箱を洗って、それが終わると部屋のカーテンを閉めて、ベッドに横になる。 目が覚めるのは、だいたい昼の1時ごろで、まずタバコを吸って、コーヒーを入れるのがいつもの行動だ。 マグカップを片手に持って本棚の前に立ち、上段の左に飾ってある写真立ての中の、幼い頃の2人の娘の笑顔にあいさつをした後、他のスペースに収まっている本をざっと眺め、何となくの気分に任せて指を動かして、並んでいる背表紙にあれこれと順番に触れていく — べつに、そのとき取り出したくなる本がなかったとしてもよい。何も手にしないまま本棚から移動して、ラジオのスイッチを入れにいくか、洗濯の準備を始めるか、また
2 日前読了時間: 2分


これからも「美しきもの」を探していくために ~ 少年は何㎜レンズで彼女を見たのか ~
日常の記録のためにカメラで写真を撮る人は今、ちまたに数多くいる。 スマート・フォンのカメラ機能や手軽なコンパクト・カメラを使っている人たちがほとんどだが、その仕上がりに満足できず、一眼レフ式のカメラを用いて本格的に撮るようになったという人も中には沢山いるだろう。 一眼レフ・カメラには、交換のできる様々なレンズが揃っており、写すことのできる範囲や画像の拡大性能によって「広角・標準・望遠」などと大別され、好みや用途によって撮影者はそれらを使い分ける。 レンズにはそれぞれに特性がある。 たとえば、ひとりの人物を主題として撮るときは、人間が何かを注視した時の視野に近い自然な撮影画角とされている「標準レンズ」よりも、画角はもっと狭くなるが、被写体となる人物が少し遠くにいても画面の中に大きくとらえることのできる「中望遠タイプ」のレンズのほうがよいとされている。 たしかに、このレンズを使って、5メートルほど離れた地点から撮りたい人物に向かってカメラを構えると、その全身を画面に大きく収めることができ、且つ、レンズの特性上、ピントの合う範囲が狭いので、被写体を場面
3 日前読了時間: 6分


まちにあるものたち(文の着想を、写真から得る)
大師線の鈴木町駅に停車しているあいだの車内で、自動ドアの開いている出入口の脇に立って出発を待っていると、さとう醤油を焦がしたような甘いにおいを外の空気から感じる。それは例えば、駅の近くの売店から流れてくるというような局所的なものではなく、もっと、この一帯に広く漂っているような感じで、におってくる。 京浜工業地帯の一角を担う神奈川県・川崎市。その中心にある川崎駅から多摩川の最下流に沿うようにして京浜急行電鉄の大師(だいし)線は走っている。「鈴木町」(すずきちょう)は始点である川崎駅から数えて2つ目の駅だ。 なぜ、鈴木町では甘いにおいがしているのか。 以前、大師線沿線の工業地域に暮らす人にそのことを訊くと、この駅の近くにある大きな食品工場では家庭用のうま味調味料を製造していて、その原材料である「グルタミン酸」の甘い臭気が一般の地域にまで流れ出てきている ― そう教えてくれた。 この駅で停車中に、このにおいを感じることで、ここは製造業の都市・川崎であるということを今いちど識(し)ることになる。 春の終わりの、あたたかな日の午後。今日は、川崎駅からこの
3 日前読了時間: 5分


新宿の大久保公園に行った目的は、90分間のハピネスを買うことだったのだ。
彼女のことを、撮ることができるのではないかと思った。 東京・JR新宿駅を東口から出て「歌舞伎町一番街」を抜けて歩いてゆき、さらに北に — JR線の新大久保駅方面に向かう道順で歩くのが好きだった。 土曜日の午後。歓楽街の中心は賑やかだが、はずれのほうに進むと通行人は多くない。BARや居酒屋、ホスト・クラブや焼肉店 ― 昼間に営業はしていない料飲街の裏道を歩いて、閑散とした通りの全景などを何とはなしに、持っているカメラで写真に撮る。そのような休日の使い方が私は好きだった。 東京・新宿の、いわゆる歌舞伎町と呼ばれる街区の北のはずれに小さな公園がある。フェンスに囲まれたバスケットボールのコートと数組のベンチとアクリル製の衝立に囲まれた喫煙所が端にある、そんな程度の公園だ。 そこまで歩いて、タバコを取り出し火をつける。ここに来る途中で買っておいた缶チューハイのふたを開ける。喫煙所には他にだれもいなかった。 喫煙所から少し距離をおいて2組のベンチが並んでいる。 こちらに近い方のそれに、彼女は座っていた。吸い終えたタバコをもみ消して、缶チューハイを半分ほ
3 日前読了時間: 5分


「写真の基本はヨコ位置」問題についての別角度でのアプローチ ~ Youtube「ゆる学徒カフェ」
※すぐに読み終えることのできる、YOUTUBEの紹介記事です。 人間は右にある(右目の「視野」でとらえる)ものを主題をしてとらえる — これを仮説として、私はいつも、写真を撮影したり画像の編集をしたりしています。 右の視野でとらえたモチーフは視野交叉により、言語解釈をつかさどる左脳で処理されるため、その画像から得られるメッセージを「言語的に」とらえやすくなりる。だから、写真において主題は「右側に」置くべきだ — これが私の持論ですが、冒頭にあげた『ゆる学徒カフェ』というYOUTUBEの「人は“右にあるもの”を好きになりやすい」の回で、視覚の右側優位問題について、興味深いアプローチでお話をされているのを視聴しました。 ダニエル=カンサントという研究者の「身体的特異性仮説」— 右利きの人は「右側=良いもの」と暗黙的に結びつけやすいのに対し、左利きの人は「左側=良いもの」と結びつける傾向がある — について、この動画では検証がなされています。 堅苦しくなく、楽しく解説している内容ですので、ぜひ視聴してみてください(下のリンクより)。 お読みいただきあり
3 日前読了時間: 1分


野球選手が潮干狩りをしているように見えるのはなぜか ~ 誤認と錯覚は必ず起こる ~
どこかの新聞に使われていた1枚の写真を題材にし、それに対して本来の扱われ方とは違う、ユーモアのあるコメントを回答者が思いつくまま発言するという「写真・大喜利」のようなテレビ番組を観ていました。 甲子園大会で試合に負けた高校球児たちが寄り集まって、グラウンドの土を記念に持ち帰ろうと膝をついてかき集めている姿のモノクロ写真が「お題」になっていて、メンバーの1人のお笑いタレントがそれに対して、≪潮干狩りをしているP高校ナイン≫という回答を発しました。 この答えはいちおう笑い(あるいはボケ?)として成立したらしく、他のメンバーやスタジオの観覧客にウケている様子が画面から伝わりました。けれど、映し出されたその写真を笑いながら見ることが、私にはできませんでした。 なぜなら、そこに映し出されたものは紛れもなく「潮干狩りをしている野球選手たち」の写真だと、私は思ったからです。潮の引いたあとの浜辺で、膝をついて周辺の砂を手を使って掘りながらアサリを探している野球のユニホームを着た男たち — そのようにしか見えなくなり、私は戸惑いました。 はじめは「試合に敗れた甲子
3 日前読了時間: 4分


ホッパーの絵はドキュメンタリーと言えるかどうか — 「撮るひと」が「絵を観る」ときに思うこと
ホッパー作「夜更かしの人々」(19242) ※注記 上の画像、エドワード=ホッパーの絵画『夜更かしの人々(Nighthawks)』(1942)は、2017年に著作権の更新が放棄されています(パブリックドメイン)。そのため私は本文中にこの画像を使用しました。 この絵をはじめて観たのは、約30年前に訪れたアメリカのシカゴ美術館での展示でした。それ以来、ホッパーの作風に興味を持ち、2000年の東京・Bunkamura ザ・ミュージアム『エドワード・ホッパー展』や2011年、国立新美術館『モダン・アート,アメリカン』展で、ふたたび彼の作品を観る機会を得ました。 エドワード=ホッパーの絵の題材の多くは、彼の完全な空想ではなく、実在の風景や人物にによるものです。 本文のはじめに載せた『夜更かしの人々』の作品の舞台となっているバー・カウンター付きのダイナー(レストランか?)、NYマンハッタンのグリニッジ通りにかつて実在しました。彼はこの場所になんども通ってスケッチとメモをおこなっています。そして、この絵の場面の登場人物 — 深夜のバー・カウンターに座る1組の男
3 日前読了時間: 4分


動画よりも活字よりも、見たくなる — 不思議な写真集を「解体する」
風呂場の湯船に浸かって小説を読んだりタブレットでYOUTUBEのニュース動画を観たり、食事のあと、コーヒーを飲みながら写真集を眺めたりなど、これらのこと — 何かを読んだり・観(見)たりするのを、自宅で過ごす自由な時間に私はおこなっている。 その中で、「読む」や「観る」に比べて、特に最近は「見る」に時間を割くことが多い。写真家の本や美術雑誌のバック・ナンバー、画家の作品集や図録などを本棚から取り出してよく見ている。 その中でも気に入っているのが、スティーブン=ショア『作品集』だ。 これは、カラープリントの写真がアートとして認められ始めた1970年代の初頭より活躍している彼の、スペイン各地でおこなわれた大回顧展にあわせて作られた解説本で、これまでの仕事と業績についての記事だけでなく、キャリアにおいての彼の代表作の写真が数多く収録されている。その大きさは最大23×27センチで、たとえば有名な写真集である『American Surface』や『Uncommon Places』ならその全ての写真が載っていて、見ごたえがある。 やはり、最も評価の高い『Un
4 日前読了時間: 4分


不親切だが、温かい写真集『A pound of Pictures』アレック=ソス(2022)
A Pound of Pictures Alec=Soth 『A pound of Pictures』は、アメリカの写真家 Alec Soth が2022年に出した写真集です。彼はおもに北米大陸の中西部を旅し、行く先々で出会った風景・静物・人物を撮影して、それらを66点にまとめてこの1冊の本にしました。 タイトルは、直訳すれば「総重量1ポンド(約450g)の写真たち」となりますが、これは彼の意図するものではないでしょう。おそらく「ざっと一掴みの、取るに足らない写真たち」といった意味のタイトルだと私は思います。 確かに66点の写真を見通しても、訴えたいメッセージや読みとってほしいテーマなどは浮かんできません。せいぜい「アメリカ内陸部に点在する中核都市の街角の様子や近くにある自然(森林や滝)と、そこの人々の生活の一部が何となく伝わってくる」くらいのものです。 写真集『A pound of Pictures』は、作者の考える脈略がわかりやすく伝わるような順序で写真が収められた本ではありません。都市風景写真・ポートレート・街角にある静物を捉えた
4 日前読了時間: 2分
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