「手にとって」と背表紙はささやく ~ 写真家・マンガ家・小説家たち

タクシー・ハイヤー会社での私の勤務時間は朝の8時から翌朝の5時まで。
途中の3時間ほどの休憩を含み21時間の仕事を1週間に3度する。仕事を終え、東京・江東区にある営業所から地下鉄の都営新宿線に乗って、千葉県市川市の自宅に戻るのはだいたい7時ごろ。
まずは、買い置きのソバを茹でて朝食にし、そのあと片付けと仕事に持っていった弁当箱を洗って、それが終わると部屋のカーテンを閉めて、ベッドに横になる。
目が覚めるのは、だいたい昼の1時ごろで、まずタバコを吸って、コーヒーを入れるのがいつもの行動だ。
マグカップを片手に持って本棚の前に立ち、上段の左に飾ってある写真立ての中の、幼い頃の2人の娘の笑顔にあいさつをした後、他のスペースに収まっている本をざっと眺め、何となくの気分に任せて指を動かして、並んでいる背表紙にあれこれと順番に触れていく —
べつに、そのとき取り出したくなる本がなかったとしてもよい。何も手にしないまま本棚から移動して、ラジオのスイッチを入れにいくか、洗濯の準備を始めるか、またタバコを吸うためにベランダに出ることもある。
ただ多くの場合、この時に何らかの1冊に手をかけて、私はそれを取り出すことになる。これを「本のプッシュ性能」と私は勝手に名付けている。
例えば — もし仮に、本棚にある「自分の結婚式の記念フォト・アルバム」の背表紙に何気なく目が向いた。
すると、あの頃のことを思い出してみようと興味が湧いたなら、私(或いは、あなた)は「簡単に」「すぐに」それを取り出して、中を見てみるはずだ。
ところが。それが、自分の結婚式の記念「DVD(動画)」だった場合はどうだろう。はたして、私(あなた)はそれを取り出して、プレイヤーに差し込み「わざわざ」視聴しようと行動するだろうか。
少なくとも私はそうはしない気がするので、本には「プッシュ」する力があると思っているのだ。
今日は、ジョエル=スタンフェルドの写真集『Strenger Passing』に手が伸びた。
彼のように、主題の人物の魅力だけでなく背後の都市文化や風俗・生活の香りが感じられる写真を私も撮ってみたいと私は思っている。
だから自然に、この本を手に取ったのだろう。(おわり)
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